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交通事故コラム10 交通事故と示談

先日届いた判例雑誌に、普段あまり見ない「訴え却下」の裁判例が掲載されていましたのでご紹介します(東京地裁平成24年1月18日判決・自保ジャーナル1867号25頁)。

事案は出合い頭衝突の交通事故で、被害者には、頚部痛及び腰痛で14級9号の後遺障害等級が認定されました。 この認定に対し、被害者は、本件事故により高次脳機能障害が残存しており、少なくとも後遺障害等級5級2号ないし7級4号にあたるとして、自賠責保険に対し異議申立てをしました。 しかし、異議は認められず、14級9号という判断が維持されました。

異議申立てが棄却されてから約3週間後、被害者は、次の内容で示談し、加害者側保険会社から損害賠償金を受け取りました。

●本件事故による一切の損害賠償金として、既払額約376万円のほかに約238万円(合計約614万円)を受領する。 ●上記金員を受領した後はその余の請求を放棄し、この金額以外に何ら権利・義務関係がないことを相互に確認し、以後、何ら異議の申立て、請求及び訴え提起をしない。 ●ただし、後遺障害等級14級の認定済みであるところ、それ以上の等級が認定された場合には、別途協議とする。

しかし、示談成立から約1か月半後、被害者は、「本件示談合意の内容は、既に認定済みの14級を超える等級の後遺障害が残存した場合には別途損害賠償責任を負うという意味であり、自賠責が等級を認定した場合に限られるものではない。」として、後遺障害等級5級を主張し、約6000万円の支払を求めて民事訴訟を起こしました。

この訴えに対し、加害者側としては、示談書に記載された「不提訴の合意」に基づいて訴えの却下を求めました。 裁判所もこれを認め、冒頭に述べたとおり「訴え却下」の判決となりました。

この紛争、加害者側としては、示談成立し、賠償金も支払って無事解決と思っていたのに、訴えを起こされて判決まで1年以上も裁判を行うこととなってしまいました。 その原因は、合意された示談条項が、複数の解釈の余地を残す多義的なものだったことにあると思われます。「遺言・相続コラム5」でも述べましたが、解釈の余地がある条項は、後日、その解釈を巡る紛争を引き起こす火種となります。 本件の場合、「自動車損害賠償保障法に基づく後遺障害認定手続により、既に認定されている14級を超える等級が認定された場合は」等とでもしておけば、訴訟にまで至ることはなかったのではないでしょうか。

また、示談というのは本来、以後互いに請求をしないという、紛争の終局的解決のためになすものですから、被害者において14級を前提とする賠償に満足できなかったのであれば、そもそも示談自体が早計だったようにも思われます。

示談というのは簡易な紛争解決手段ですが、具体的にどのような条項を定めるかについては、慎重かつ専門的な検討が必要です。

なお、交通事故の示談に関する文献としては、「例題解説交通損害賠償法」(法曹会・2008年発行)の325頁以下「示談」の項が簡潔で分かりやすくお勧めできます。 示談条項の明確性については、「書記官事務を中心とした和解条項に関する実証的研究〔補訂版〕」の18頁以下「和解条項作成上の留意事項」が、専門家として示談・和解に携わる者としては必読でしょう。